障害者にとって、企業側の対応と支援者の対応は同じ「人」である。

CAM02025

今週は、障害者雇用のベテラン企業様と支援機関さんとの打ち合わせで感じたことを掲載させていただきます。

企業様と支援機関の人間の本質を学んだ有意義な時間でありました。
障害者当事者の方は、「就労」したい思いは、強くあります。しかし、履歴書を書き、企業に送付、または、支援機関を通じ、就職活動しているが何度も落ちていると自分自身の存在を否定してくるようになり、「どうせ俺なんて」、「どうせ私なんて」と思っていることがあるかもしれない。また、言葉で表現できず、噛んだり、ものを投げたり、大声を出すかもしれない。とします。
 *企業様関係者の方には、ここで「あ~面倒」と思うのではなく、最後まで、お読みいただきたいと思います。

その状況を各関係者(企業や支援者)は、どう思ってどう捉え、どう接しているかの一例(下記)です。
(一例の内容は、すべてでなないし、正解でもなく、試行錯誤で行った体験を語ってくださっています。)

                 記
■企業側として
 ・日頃から話していること、各人によって、どう接したらいいかを一生懸命考え、話し方を変えて、質問をしています。とのことです。
 具体的に、「俺はこう思うけど、あなたはどう思う?」という質問で良い人もいれば、「俺はこう思うけど、あなたはAとBとどっちが良いと思う?」という投げかけが良い場合もあります。また、当事者自身、不満や愚痴っている場合はどうするか?対応例をあげ、その当事者には、どう対応し、納得していただけたか。を見ていきましょう。

▼病院内で番号で呼ばれるのが嫌だという当事者がいます。
企業側:本人の話をまず、聞きます
企業側:番号で呼ばれるのでは何で嫌い?
当事者:個人名で言われる方がいい。
企業側:病院は、どうして個人名で言わないのかな?
当事者:・・・
企業側:本人の回答を待つ
当事者:・・・
企業側:本人の回答を待つ
当事者:わかりません。
企業側:本人が言ってきた。
企業側:あなた(その当事者)と同じ症状の方Bさんは、病院に通院し、名前で言われるのが嫌なのかもしれないし、病院側も各人の漢字で読めない文字も出てくると時間もかかる。番号だと呼びやすくないですか?
当事者:たしかにそうですね!

この会話を皆様はどう思われましたか?

少し見方を変え、このような会話を継続して行けば、当事者が成長していくのではないか?ということです。

その本人の事前情報(企業で面談等していて事前情報がある程度、理解している状態)を入手し、特徴や特性の傾向分析をしていると思いますが、この会話の中で、重要なのは、当事者自身の「反省」と「承認」です。「反省」と「承認」については、中には難しい特性の方もいらっしゃいますが、支援機関に通所されている方や日常生活をしている方では、できる方が多くいらっしゃいます。

当事者の方は、「反省」と「承認」を日常生活(特に家庭では)で行えていない家庭がほとんどで、両親も当事者もその経験がない(そりゃそうです。障害者の方は、生まれてから以降そうなっているので、わからない。)だけ。と捉えた場合、いかがでしょうか?でも、「両親も当事者も経験を積めば、できる」とも捉えられます。日常会話を増やし、経験を積み、信頼関係(親子、企業と当事者)ができると当事者に笑顔も溢れ、まわりの社員も一緒に喜べ、良い雰囲気になり、仕事の内容は、ある特定分野においては、素直で、一生懸命社員より行う。と企業側が解れば、障害者雇用も前向きに検討してみよう。という気持ちにならないでしょうか。

■支援者側として
その本人の事前情報(企業で面談等していて事前情報がある程度、理解している状態)を入手し、特徴や特性の傾向分析をしていると思いますが、この分析を深く行い過ぎて?当事者自身の「反省」と「承認」を忘れている例がないでしょうか?

支援者の方は、当事者と接するのは、日常茶飯事で、当事者の特性に目を向けます。しかし、目を向けすぎるが故に、マイナス面を見てしまいがちで、「人」として、普通に接し、本人が納得し、気持ちが楽になって、訓練や面談をしている姿を見られていますでしょうか?

小生自身も、その立場や慣習に馴染むと「近視眼的」なってしまうかもしれません。それは、どの立場でも同じことと思います。

だからこそ、共通の想いで、立場の違う方々との打ち合わせをする意義はこういった「近視眼的」な見方を多面的に総合的に全体的に見れる、または、見ようとする取組や仕組みがあるとより関係者皆がハッピーになれるのかな?と思った今日この頃です。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

ページ上部へ戻る